音楽制作における「趣味と仕事の境界線」について考える



一般の人からすると音楽を含む芸術分野全般においては「趣味と仕事の境界線」をイメージしにくいのかな、と思うことがあります。

漠然と「お金をもらっているかどうかの違いじゃない?」みたいなことを思いつきがちですが、実際にやってみると「なるほど、こういうところが決定的に違うな」と思うポイントがいくつかあります。 

実際に音楽の仕事をしている私SAKUMAMATATAの目線で「趣味と仕事の境界線」について書いてみます。


①『完成』の尺度

趣味で音楽を作ってるときは自分のできる範囲のことをやればいいし、どこで作品を完成とするかも自分で自由に決められます。 

でも請け負いの仕事の場合は「自分のための音楽制作」ではなく、「クライアントさんのための音楽制作」になります。あくまで主軸はお客さんにあるので自分の中にない意見や要望などのアイディアを投げかけられて常にチャレンジングになるし、自分ではこれで完成だ!と思っていてもさらに「もっとここをこうしてください」なんて指摘やリテイクを受けることもよくあります。

音楽制作ってすごく主観的な作業で自己満足に終始してしまいがちなんだけど、実際にはその作られた音楽を聴くのは自分以外の他人なので客観性を持つこともすごく大事です。 

そういえば僕はAudiostockを始めたばかりのころ、楽曲登録時の審査とかたまにひっかかって指摘を受けたとき「も~なんだよ~めんどくさいな~」ってちょっと思ってました。(すみません...)でも今思えばお店に商品を置いてもらってるのとまったく同じ状況なわけですから、不具合のある不良品や品質の良くないもの(ノイズが入ってる、音割れしてる)ではダメなわけです。

いち職人として『良い商品』となるモノづくりができるかどうか?というクオリティーコントロール(品質管理)が要求されるのもキーポイントですね。

いずれにしても自分の尺度で自由に終了することはできず、依頼者やそれを商品として扱う側のゴーサインをもって『完成』となる点が趣味と仕事の明確な違いのひとつです。

②納期

仕事の現場では品質という尺度だけなく、納期というタイムフレームが存在します。 
どんなに高品質で良い曲を作ることが出来ても、依頼者が必要とする期日に間に合わなければ仕事としては成立しません。 

たとえば1か月後が締め切りのゲームBGM制作の依頼に1か月以上の時間をかけては絶対にダメなわけです。ごく当たり前のことですが。

この場合には100点満点の天才的な神曲を作れるけど納期を数か月オーバーしてしまうような人よりも、80点の良曲を確実に納期までに作れる人の方が適しています。もちろん100点満点の 天才的な神曲を確実に納期までに作れる人が最も優れており最も重宝されるわけです。こういう人のことを超一流と呼ぶんですね。
(↑ここでいう点数とは「音楽性、品質、依頼者の希望に沿っている・あるいは期待値を上回っている」など総合的な満足度をざっくり数値化したものとする)

趣味なら自分のペースで時間をかけてものすごく凝った作品をじっくり作ることも可能ですが、仕事では限られた時間でそれを作る必要があります。 なので、限られた期間内でよりクオリティーの高い曲を作ることができる人が重宝されやすいです。

③意図を汲み取る

音楽制作の依頼を受ける際に非常に大切な要素として「相手の意図を汲み取る」というのがあります。

相手とのやりとりから意図を汲み取る

たとえば「別れをイメージした悲しい曲を作ってください」という依頼があったとします。

わりとハッキリしたイメージの注文に見えますが、実はそうカンタンではありません。こちらが思っている『悲しい』と、依頼者の描いている『悲しい』が必ずしも一致しないからです。

ひとくちに『悲しい』と言っても、もっと掘り下げていくと
  • 大切な人を亡くし胸が張り裂けそうな悲壮感
  • 恋人と別れて悲しく切ない気持ち
  • 故郷を離れてひとりで家族や友人を思い出す悲しく寂しい気持ち
  • 必死に取り組んできたことが水の泡となり悲しくやりきれない気持ち
  • ひとりぼっち物憂げでどこか悲しく哀愁ただよう
など、さまざまな種類の悲しさがありますよね。これを音楽にしたときそれぞれ少しずつニュアンスは異なるはずです。

発注慣れしているクライアントさんだと仕様書や企画書、参考曲などをいただくことも多いですが、そうでない場合も多々あるのでまずはこのあたりのヒアリングが必要です。使用を想定したシーンの詳細なイメージやプロット、参考曲などがあればより分かりやすいですね。

高い解像度で具現化する

このようにしてイメージや要望、意図を汲み取った上で、さらにそれを具現化する能力が必須です。つまり「大切な人を亡くした絶望的な悲しさ」などを音で表現する音楽的な引き出しが必要になるわけです。

趣味なら自分の意図する『悲しい曲』を自由に作れます。(もちろん趣味でもものすごい解像度でこだわって作る人もいるとは思いますが)

一方、仕事の場合は相手の要望をしっかり把握してそれに応える責任があります。それも納期内に・高品質で・イメージ通り、あるいは想定以上に良い出来で。

また、参考曲のコピーのようなものを作るのか、それともクライアントさんからもらった参考曲やヒアリングした情報から重要なポイントを抽出して完全なオリジナルを作るのか、というのもプロのスキルが要求されるところです。(まれに「とにかく参考曲みたいにしてほしい」という依頼もありますが...)

いずれにしても『相手の意図を汲み取る』というのが仕事と趣味の決定的な違いです。

④需要

前項と若干ダブっている部分もありますが、ビジネスの根本的な部分なので挙げておきます。仕事って突き詰めると「誰かに何かをお願いすること/お願いされたことをやって対価をもらうこと」ですよね。逆に言えば「誰も望んでいないことをやっても対価はもらえない」ということです。

これは音楽でいうと「まったくのひとりよがりの音楽では仕事にならない」ということですね。なので仕事にしていくには需要に応えるか、需要を作りだす必要があります。

需要に応える

よく競争率の激しい市場のことをレッドオーシャン、反対に競争のない理想的な未開拓市場をブルーオーシャンと呼びますが、『需要に応える』のはどちらかというと前者のイメージで、すでにある市場に対してアプローチしていく、ということです。

すでにファンが一定数いるジャンル・フィールドで活動して自身のファンを増やすとか、前項③のように「こういうものを作ってほしい」という要望に応えることで対価をもらうとか、そういうやり方ですね。

レッドオーシャンというと勝ち目が薄いように感じる人もいるかもしれませんが、必ずしもそうとは言えません。

競合が多い上にすでに強者が存在するので一番になるのはかなり難しいかもしれませんが、需要がたくさんあるぶん多くの人の目に触れる機会があるので、一定のファンを集めやすいというメリットもあります。

需要を作る

こちらはまさにブルーオーシャンを狙っていくという感じです。「なんで今までこういうのなかったんだろ、めっちゃええやん」みたいな状態に持って行くイメージ。

競合がいない・少ないためナンバーワン、オンリーワンになりやすいかわりに、その市場自体の注目度が低いのでビジネスにするには相応のアイディアや魅力、戦略が必要です。どちらかというと『需要に応える』よりも難しくてやりがいのあるクリエイティブな音楽活動と言えそうですね。

⑤信頼性

仕事を頼む側にとってはリスク管理が必要なため、信頼性が重視されます。
「この人に仕事になら安心して仕事をお願いできる」という存在であることがとても重要と言えます。

情報を漏らさない

情報漏洩はその最たるものですね。

契約時にサインしたNDA(秘密保持契約)に反して、業務に関する情報を第三者に開示したりSNSに書いてしまったりすると契約反故となります。

NDA(秘密保持契約 )とは?
営業秘密や個人情報など業務に関して知った秘密(すでに公開済みのものや独自にないし別ソースから入手されたものなどを除外することが多い。)を第三者に開示しないという契約。

また、このような契約を交わしていない場合でも、相手の許可なくSNS上でやりとりの内容を公開してしまったりする人なども非常にイメージが悪いです。

たとえば、MIX師を名乗る人がトラブルになった相手とのやりとりのスクリーンショットをTwitterに晒して炎上するケースを一時よく見かけましたが、このような行為も当然「あの人に仕事を頼んだらちょっとしたことでも晒し上げられちゃいそうだな」「めんどくさそうだから、この人に頼むのはやめておこう」と思われかねません。

SNSに愚痴、悪口、不快なことを書かない

今や一般企業でも入社面接の際にはSNSアカウントを調べたりする時代ですから、仕事を頼む相手のSNSをチェックするということをリスク管理として行っている可能性は十分あります。仕事をするときの名義でSNSを使っている場合はもちろん、裏アカウント的に使っていたとしても名前や何らかの情報でアカウントを特定することも可能なケースもあります。

もしもあなたのSNSアカウントで人や物事に対して悪口を書き散らしていたり、毎日ダラダラと愚痴を書いていたり、異様にネガティブなツイートばかりを繰り返していたら、それを見た人は第三者はどう感じるでしょうか?不安や不快に思う人が圧倒的に多いと思います。

あとはお金配り系アカウントのツイートをたくさんRTしていたり、18禁の動画や画像をたくさんRTしていたりするのも信頼性としてはちょっとキツイ感じはありますね。

不快なことの定義は人によって違うので一概には言えませんが、シンプルに自分が「この人に仕事を頼むのはなんか嫌だな」と思うのはどんなときか?というのを考えてみればいいと思います。相手の立場・目線に立って考えるというのはどんなときも大切です。

まとめ

ざっくりまとめると、趣味と仕事の境界線はこのあたり。
  • 完成の尺度
  • 納期
  • 意図を汲み取る
  • 需要
  • 信頼性
これらに対して責任を負う、ということ。これって音楽の仕事に限らず、ビジネスを行う上で要求されることなんですよね。仕事を頼む側も頼まれる側も、お互いに気持ちよく仕事をする上では社会人としての節度や思いやりを持つことがとても重要だと思います。

音楽家ってなんとなく「常識に縛られない」「自由」「型破り」みたいなイメージがありますが実はそういう人ってほんの一部だけなんです。僕もバンドマンだった頃はパンクっぽい破天荒なことをしたくて素行がめちゃくちゃな時期がありましたが、今思えばシンプルにヤバいやつだったと思います。。

もし破天荒で個性的な立ち振る舞いをしたとしても、裏ではきちんとやるべきことをやっているはず。ちゃんと周りから信頼されて活躍してる人は押さえるところは必ず押さえています。

もし趣味でなく仕事としてやっていきたいと考えているのなら、この境界線を意識することをオススメします。


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